王様ホール

考えたことや感じたことや起こったことを書きます。

たまごやき~お弁当のレギュラーにして埋め草

目次

  1. たまごやきについて思うこと
  2. 私とたまごやき
  3. 今私が作っているたまごやきレパートリー

 

1.たまごやきについて思うこと

 たまごやきは、お弁当の定番おかずである。家庭で作られるお弁当によく入っているし、お弁当屋さんやスーパーのお弁当にも、いい加減なたまごやきが1枚ペラっと入っていることが多い。そのくらい定番だ。ド定番だ。
 そのイメージに甘えて、私は子どもたちのお弁当にたまごやきをほぼ必ず入れる。1箇所をたまごやきで固定すれば、その場所のおかずを考えなくてもいいからだ。いわば思考停止のたまごやきである。なのにメインを張る実力もある、不思議なおかずだ。その上安くて美味しい。いいことしかない。

 たまごやきは、「卵焼き」とも「玉子焼き」とも書く。原料は「卵」だが、「卵」を使った料理を表すときは「玉子」と表記するらしい。個人的にどっちの表記にも違和感があるので、ここではフラットにひらがなで「たまごやき」とする。

 なぜ違和感があるのか説明する。
 「卵焼き」と書いた場合、私がイメージするのは卵をそのまま焼いた料理、すなわち目玉焼きだ。小さい頃、「卵を焼いたのはどうして卵焼きじゃなく目玉焼きって言うんだろう、卵焼きは確かに卵を焼いてるけど色々な調味料を混ぜて焼いてるから、卵をそのまま焼いた目玉焼きの方が卵焼きの名を与えられるにふさわしいのでは?」と思っていた。
 「玉子焼き」は「玉子」の時点で違和感だ。小さい頃、「間違ってる」と思ってた。なんで「卵」って書かないんだ。「玉子」なんて、のび太ママかよ。

 というわけで、今回は「たまごやき」と表記します。

 

2.私とたまごやき

 たまごやきの味付けは、地域や家庭によって色々だ。
 甘さレベルで分けると、
  ランク1:あま~い
  ランク2:甘い(回転寿司のたまご、スーパーのお弁当に入ってるやつレベル)
  ランク3:ほんのり甘い
  ランク4:あんまり甘くない(だし巻きなど)
の4つに大別できる。ステロイドの強さランキングみたいにしてみた。

 私の母が作ってくれていたたまごやきは、ランク3:ほんのり甘い に位置するものだった。だから、出来合いのたまごやきはランク2で随分甘いなーと思ってた。

 私は高校時代、親元を離れて下宿していた。そこでは、毎日のお昼ご飯に下宿のおばさん手作りのお弁当を作ってもらえた。
 たまごやきは毎日入っていた。そのたまごやきが、ランク1:あま~い だったのだ。

 これまでの人生、母が作る ランク3:ほんのり甘い を当たり前と認識し、甘いとしても最大でランク2にしか出会ってこなかった私にとって、初めてのランク1「甘いたまごやき」だった。
 率直な感想は次の通りだ。「何これ甘い!」「甘すぎる!」「おかずでこの甘さはおかしいだろ!」「おばさん何考えてんだ!」「味覚大丈夫か!」「砂糖のかたまりか!」「お菓子か!」「これでご飯を食べるのは無理!」。
 高校3年間、ずーっと「たまごやきが甘い!」と思い続けていた。あれを好きになることはなかった。

 卒業してしばらくしてから、世の中にはランク1という分類が割と普通にあることを知り、下宿のおばさんの甘いたまごやきが何らおかしいものではないと知った。それでも私は、未だにランク1を好きにはなれない。甘すぎて、お弁当の中で浮いていると感じるからだ。煮豆、あれも甘いけど、あれは箸休め的なポジションなので別にいい。たまごやきは限りなくメインに近い立ち位置なので、メインが極甘なのは私にとってなかなか許容できるものではなかった。

 自分で料理をするようになり、私は母のたまごやきを目指した。
 実家にいた時に教えてもらったレシピは、「少しの塩と砂糖だけ」だったような気がした。しばらくそれでやってみたけど、どうも濃厚さというかコクが足りなかった。卵の種類か、砂糖の量か……と考えているうち、私にだし巻き卵ブームが到来したので、一時期は母のたまごやきを追求するのをやめていた。
 2年前に実家に帰った際、母の作ったたまごやきを含む手巻き寿司を食べた。母のたまごやきは手巻き寿司にとてもよく合う。
 ここまできてやっと、母にたまごやきのレシピをもう一度教えてもらうことに思い至った。クッキーのときもそうだったが、なぜ私は「その人に聞く」ことをなかなか思いつかないのだろうか。聞けよ。

 母のレシピは「少しの塩と砂糖、あと醤油をちょろっと」だった。私が作っていたたまごやきに足りない香ばしさの正体は、醤油だった。

【母のたまごやき レシピ】※私は分量測らないので、だいたいの感覚です。
  卵(M~Lくらい):3個
  塩        :1つまみ
  砂糖       :小さじ2
  醤油       :小さじ1

 基本の味はこれで決まった。

 

3.今私が作っているたまごやきレパートリー

 子どもたち(と自分)を飽きさせないように、毎日色々工夫してるんですよ。突然ですが、図解でいきます。


 まあこれが基本ですね。

 

 この群を一番よく作ってます。ここにない具、たとえばほうれん草などの刻み野菜とか、コーンとか、いくらでも応用可能です。

 

 B-3 カルパスは、10円のおやつカルパスです。上の子の幼稚園時代に作って持たせたところ、おともだちに面白がられました。その頃はまだ「黙食」じゃなかったんだな。しんみり。
 C-1 焼海苔は、母がよく作ってくれてました。海苔と卵って合うんですよね。あ、のりたま……?
 C-2 スライスチーズのやつは、実際の写真があります。

 縦に切っても横に切ってもミルフィーユみたくなります。萌える断面、萌え断。チーズ好きな人はギリ萌えてくれるかな。卵の白身にも見えますが、これはチーズです。
 尚、上の皿はお留守番娘のお昼用に用意したおかずセットで、下のお弁当箱は下の子のお弁当のおかず部分です。ミニトマトは夫の趣味のプランター家庭菜園でめちゃくちゃ採れたやつです。完熟状態で収穫するから甘い。

 

 今日のは長尺になりました。たまごやきに対する思いを好きなだけ語りました。

 皆様のたまごやき事情はいかがでしょう。いい具などありましたら教えて下さい。

夏休みのお弁当作り 前半戦 終了

明日から会社の6連休だ~~~~~~~~!!!!!うっひょひょ~~~~い!
それが何を意味するかというと、今晩は明日の子どものお弁当の仕込みをしなくて良いのである。新しいご飯を炊いたり、翌日分の卵焼きを前もって焼いたりする必要がないのである。
今日は飲む!好きなだけ飲むぞ!!!
※いつもわりと飲んでいる。

いやー、何に一番解放感をおぼえるかって、寝る前に/眠りにつきながら、翌日の子どものお弁当に何を入れようか考える必要がないことよ。
お弁当の調理自体は苦じゃないんですよ。苦なのは考えること。
こないだ冷凍唐揚げ入れたばかりだから今日は別のにしようかなーとか、作り置きのきんぴらごぼうは3日続いたらさすがに嫌かなーとか、卵焼きは必ず入るんだけどプレーンばかりじゃ飽きちゃうから別の要素(カニカマ、刻みベーコン、青のり、チーズなどなど)を加えようかなーとか、そういうことを考えていると、脳のリソースがけっこう割かれてしまうんですよ。
だからブログの更新もままならなくなるし、疲弊します。

こないだも同じようなことを書いたかもしれない。今日のは補足情報です。

給食の献立を考える栄養士さんみたいに、事前に1か月分とか考えておけばいいのかな。
または10パターンくらい組んでローテーションしてくのもいいかな。それはつまんないかな。
悩ましいわね。

私は好きなことだけやって生きていたいんですよ。やりたくないことはとにかくやりたくない。
みんな多かれ少なかれそういう気持ちで生きてると思うけど、みんなよく我慢して生きてるな。みんな偉い。やりたくないことを我慢してやりながら生きてるだけで偉いわマジで。みんな頑張ってる。
つまり私も偉い。

偉いからご褒美に酒を飲みます。
※いつもわりと飲んでいる。

好きな音楽も聴いてます。

ほんとは例年より少ない6日間の休みを、自分の好きなこと(例:睡眠、ゲーム、インターネット、暴飲暴食、読書、ブログ過去記事の工事、睡眠、ゲーム、……)だけやって過ごせたら天国なんですが、実際には子どもの夏休みの宿題の手伝いもしなきゃいけないし、普段できない家の整理整頓だってそろそろやらないといけない。

めんどいな。
こんなことでめんどくさがっていられるのは幸せなのかもしれない。

めんどくさいものはめんどくさいけどな。

毎日なんだかんだ元気です。

オタク度の話と解釈違いの話

私はオタクですか?

アキネーターに尋ねられたら、「多分そう部分的にそう」と答えよう。そのくらいの立ち位置だ。

私は本物のオタクではない。
オタクを名乗るには、対象への愛が絶対的に足りない。周りが見えなくなるほど対象にのめり込むということができない。沼にハマれない。周りが見えなくなるのは私にとってとても怖いから。周りが見えない状態で何らかの攻撃を喰らうことがとても怖いのである。そんなの喰らったらしばらく立ち直れない。

かと言って非ヲタかというと、それも絶対に違う。
私は好きなものができると、その全てを知りたくなる。いい加減なハマり方はしたくない。
例えば何らかの音楽が気に入って、そのプレイヤー(アーティストという言い方が好きではないのだ)のことが気になり出したら、過去作を漁って聴いてみる。と同時進行で、古くからのファンに引けを取らないくらいの情報を集める。
好きの気持ちが続くようだったらやっとファンを自称するし、途中で飽きたらそれっきりである。
例えば何らかの漫画を気に入ったとしたら、ちゃんと全部すみずみまで読むし、読み返す。伏線と伏線回収を発見したらめちゃくちゃ嬉しくなる。意味深な描写があったら自分なりに考察もするし、考察サイトなんかも気が向いたら読んで、理解を深めようとする。また、何かのオマージュを発見したときも嬉しくなる。

こうやって書いてみると、ぜんぜんオタクじゃない普通の人の範疇だなーと思う。しかし、世の中には、あんまり深く考えずに漫画を読んで「おもしろかったー」と言って終わる人もいるし、気に入った曲があってそのプレイヤーを好きになっても音源を収集しない人もいるようだ。いわんや情報収集においてをや。

オタク度というのは、100%のオタクと0%の一般人に分かれるわけではなく、全員が全員、そのグラデーションのどこかに属するものだと思います。
私は60~70%くらいのとこにいる半端オタクなんじゃないかなー。でも、学生時代、ガチヲタの友人に「いい線いってるよ」と言われたことがある。今でもガチヲタの人とは話しやすい。

話は変わりますが、私は原作至上主義、原作者至上主義です。二次創作はそんなに好きではありません。高校時代に若干、BL系二次創作の同人誌に興味を持った時期がありましたが、「男が2人以上いれば最早何でもいいんじゃね」ということに気づき、急に醒めました。ムーミンスナフキンでも、サボさんとオフロスキーでも、最早何でもいいんよ。
※前者は実際に確認した。後者もありそうだなと思ってる。後者、どっちが「受」かな←おい。

二次創作については、原作の設定や世界観を損ねずキャラが崩壊していなければ許容できます。逆に「このキャラはこんなこと言わない/こんなことしない」と私が思ったら認められません。その作品を嫌いになります。いわゆる「解釈違い」ってやつが発生します。

というわけで、こないだ、Twitterにすみっコぐらしのキャラを使ったほのぼの平和な漫画を描いてた人を、こっそりミュートしました。
とかげはそんなこと言わない!ぺんぎん?はそんなキャラじゃない!という、私にとっての解釈違いが発生したためです。この人の作品は私のすみっコ世界とは相容れないと思ったのです。

私、すみっコ好きなんですよう。更に言うと、すみっコの原作者であるよこみぞゆりさんが描いたすみっコのイラストが好きです。
よこみぞさん以外が手掛けたとおぼしきイラストが、すみっコの運営会社サンエックスから公式にupされていることすら認めたくないです。が、サンエックスがそれを公式の「すみっコぐらし」だと言うのならば、認めるしかありますまい。
※原作及び原作者至上主義が炸裂。

よこみぞさんは、現在はサンエックスを退社してフリーになりましたが、今でもすみっコぐらしには関わっていらっしゃいます。
※情報収集の結果が炸裂。
たまにTwitterに、すみっコ公式ツイートの画像を「描きました」って言ってupして下さいます。私はそれを逐一いいねしています。よこみぞさんの絵のトーンが好きなんだ~~。はぁ~~(ラブ)。

尚、私は、すみっコぐらしの「ぺんぎん?」を「ぺんぎん」と表記する人のことが許せません。「ぺんぎん?」は「?」まで含めて、あのキャラを表す名前なんです。「?」を付けない人は、あの世界観を理解していない人です。
更に「ペンギン」なんてカタカナで書く奴!言語道断です。ひらがなとカタカナが読み手に与える印象の違いを甘く見るんじゃないよ。すみっコぐらしでは「たぴおか」は「タピオカ」じゃないんだよ!タピオカブームの前から「たぴおか」は「たぴおか」なんだよ!
素人さんならしょうがないけど、すみっコぐらしを好きというなら「ぺんぎん?」の「?」が何故ついているのか考えなかったのかと問いたい。小一時間問い詰めたい←いにしえの2ch用語

はい。
私のオタク度は多分結構高めであるし、オタクというよりマニア道を進む人間なのだと思います。「正しさ」が大好きです。
オタクとマニアの違いは私もよくわかってないので、みんな好きに解釈して下さい。解釈違いが生じたら、その時考えましょう。

過去記事、工事進んでます。

※※ おしらせ ※※

私が以前書いていたエッセイ投稿サービスから丸ごと持ってきた記事を、少しずつ少しずつ、地道に工事しています。

具体的には、
 ・記事内のリンク先アドレスの修正
 ・写真を正しく添付
 ・読まれやすくなるようタグ付け
です。

新しい方から始めて、現時点で、2020年11月あたりの記事まで終わってます。
一番最初のが2018年6月だから、……まだまだ先は長いな。折り返し地点にも至ってないな。
完全に自己満足のためにやっているんですが、過去記事が読まれると嬉しいので、面白かったら☆1コでも付けて行って頂けると幸いです。
過去記事に反応があると、私は結構嬉しいのです。

 

※※ かんそう ※※

工事確認済みの目印にもなるので、過去記事にタグを付けていってるんですが、タグ付けとは「自分がこの記事で何を言いたいのか」「これを読んだ皆さんにどこに着目してほしいのか」「テーマは何なのか」みたいなのを自分で定める作業ですね。
自分の脳への刺激になります。記事を容赦なく大雑把に要約してるみたいで。
テーマなんか無くてその日に書きたいことをダバダバ書いてるだけの記事もあり、そういうのはタグ付けに困ります。
あと、もしかすると、お読みになった皆様は、タグとは全然違う部分に着目されてるかもしれません。それもまた一興。誰がどんな感想を持とうが自由です。

 

※※ こうじとはかんけいない きょうのにっき ※※

夏休み、毎日お弁当だのご飯だののことを考えるのが辛くなってきた。毎年毎年、長期休み毎に、年に3回辛い。
きっと全国の親御さんが同じ苦しみを背負っているはず……と考えれば、少しは心強いものだ。
心強いんだけれども、自分の負荷が軽くなるわけではないのよね。

今日(日付が変わったから昨日)の晩ごはんは、「変な中華丼」でした。キャベツと人参とホワイトぶなしめじと豚肉と冷凍エビとうずらの卵と、春から冷凍保存してたたけのこスライスとを、炒めて創味シャンタンDXのスープで煮て、とろみをつけたもの。それをご飯にぶっかける。インスタントのもずくスープを添えて出しました。汁物まで作る心の余裕は無かった。

私の頭の中身がそのまんま出てきたような中華丼になりました。
仕事が終わって、帰途に車を運転しながら、こんなことを考えていました。何なら仕事中から考えてた。

「昨日は肉系だったから今日は魚系かその他にしたいな、何かの卵とじ丼とかがいいな」
「明日は子どもたちの習い事の都合でチャーハンくらいしか作れないから、今日は野菜をいっぱい食べさせたいな」
「冷凍庫に何があったかな……魚は解凍してない、冷凍エビフライはあるけどつい最近揚げ物やったばっかりだな」
「冷凍えびいかミックスがあるな(←実は無かった)、だったら中華丼でもいいな」
「豚肉も少し余ってるし、うずら卵水煮のストックもあるな」
「白菜はないけど、キャベツがいっぱいあったな、キャベツの中華丼食べたことあるけど、なかなか良かったな」
「冷凍してたたけのこも使っちゃおう」
「中華丼、いける」
という思考から、少々カオスなキャベツの中華丼ができました。えびいかミックスが無くて「サラダえび」で代用したため、カオス度が上昇しましたが、だいたいイメージした通りのものになりました。
子どもたち、残さず食べてくれたので、不味くはなかったのでしょう。創味シャンタンDXを使えばだいたい間違いはない。

 

外、雨降ってる。
PCの右下の方に数時間前から

こういう天気予報出てるんだけど、何これ。「雨はやみます」って。初めて見たわ。
やむ気配がないんだけど、そりゃいずれやむだろう。やまないわけがない。いわゆる、「やまない雨はない」。

子どもたちのご飯考え地獄も、夏休みが終わって給食が始まると共に終わるんだろう。そりゃ終わるわ。終わらない夏休みなんてない。

惰性で乗り切りましょう。
おやすみなさい。

健康第一

昨日の夜、ご飯を食べた後、なんとな~く喉の奥に違和感があるような気がした。
月曜から体力を使うおしごとをしたせいか、毎日のお弁当作りに倦んでいたせいか、何なのかはわからないが、体全体もだるいようだった。
同じフロアで仕事をしている人が新型コロナ陽性だったという連絡を受けたばかりのタイミングだった。
今流行しているBA.5型は、喉の痛みが出やすいと聞く。

よもや?と思い、昨日は子どもたちとの接触もなるべく避けて、お酒も飲まず、いつもより早めに寝た。

今朝起きてみたら、非常に調子が良かった。

休息、大事。


いや私が倒れたらシャレになんないのよね。
でもいつ罹っても仕方ない状況だから、いざという時のシミュレーションはしておかなくては。

嗚呼夏休み

全国のおかあさんブロガーの皆さん、この時期、ブログの更新頻度が落ちませんか?私は落ちます。毎年落ちます。
「おかあさん」と言って語弊があるようなら、「お食事担当の親御さん」がより適切な表現かもしれません。

子どもたちは夏休みです。

親は夏休みじゃありません。

おしごとをしている親御さん、もしお子さんが小学校低~中学年なら、子どもを学童に預けるためにお弁当が必要じゃないですか?お子さんが小学校高学年以上でも、お留守番のお子さんのお昼ご飯を朝から用意していませんか?

おしごとをしていない親御さんも、お子さんの毎日のご飯の用意に明け暮れ、「給食ってありがてえ制度だよな~~、栄養のバランスがちゃんと考えられていて、しかも安い。給食最高、給食、神!」「自分一人ならテキトーーーでいいんだけど、子どもにはちゃんと栄養のあるもの食べさせないと……」とか思って、疲れていませんか?

いやマジで給食ってありがたいよ。小1息子の保育園時代がもう恋しいよ。

こう、日々の雑務に追われていると、ブログにしたためるような心の滓[oli または kasu]とか、心の余剰分とか、心のお釣りとか、もっと月並みな言葉で言うと心の余裕とか、そんなものが無くなりませんか?私は無理です。うんこ。うんこちんちん(錯乱)。

ここに来る前、2018年6月~2022年6月までShortNoteというエッセイ投稿サービスにいろいろ投稿してましたが、その時から、子どもの長期休みのお弁当作りがめんどくせえっていうことをたびたび話題にしていました。ほぼ長期休みがある度に、都度都度。
だってお弁当作り、嫌なんだもん。

自分が会社に持って行く弁当を作るのは別に苦じゃないんです。残り物と冷食を適当に詰めりゃいいんですからね。
でも子どもの弁当となるとちょっと話は別だ。子どもが確実に食べられるものを入れなきゃいけないし、自分一人なら「今日は弁当めんどくさいからコンビニで買うかカップ麺でも持ってくかー」とかが許されるのに、子どもの弁当ではその手が使えないから。

いや、上の子が学童に行ってた3年前までは、「お弁当はコンビニ弁当とかでもいいんですよ」というスタンスだったんですよ。けれども、うちから学童までにコンビニはおろか商店が一軒もないので、うちは仕方なく毎日お弁当を作って持たせてたんです。
なのに今年はなぜか、「コンビニ弁当を持たせると常温で昼まで保存することになり、衛生上よろしくないので、家庭で用意したお弁当を保冷して持たせて下さい」というお達しが出てました。

いや、それむしろ大丈夫?
衛生ってことで言ったら、私は家庭の弁当よりも工場で作られたコンビニ弁当の方が断然信用できるんだけど。家庭で弁当作るとき、いちいちビニール手袋なんてしないでしょ?する?
わかりやすく言うと、人が手でにぎったおにぎりと、工場で機械で成形したおにぎりと、どちらが雑菌が繁殖しやすいでしょうか?私は工場生産のおにぎりの方が安全だと思うわ。

ちゃんとした工場なら、問題起こしたくないから、ちゃんと衛生管理してるはず。と思いたい。

ぐちぐち言いましたが、明日もお弁当作りです。
寝なきゃ。

お手伝いのお駄賃(超親バカ日誌)

今日は子どもたちの小学校の終業式だった。午前中で終了だ。
上の子は小学生最後の1学期、下の子は小学生最初の1学期の終業式だったわけだ。早いな。早すぎやしないか。

洗濯物が溜まっていたので、上の子に「今日帰ってから、なんか予定ある?ないなら洗濯お願いしたいんだけど」と持ちかけてみた。上の子はめんどくさそうだった。
「やってくれたら何かあげるよ」と言ったところ、少しやる気になったようだ。

子どもたちが登校した後、私は娘に置手紙を書いた。新しい洗剤がちょっとわかりにくい場所にあったので、それを伝えるためだ。
それに加えて、「当日に急に頼んでごめんね」と、お駄賃の100円玉を置いておいた。娘もいっちょまえに推しのグッズを買ったりしたい年頃になったので、お金は欲しいだろう。
この100円はあくまで臨時の手当みたいなものだ。夏休み期間中はお手伝いとして週2回洗濯してもらうんだが、その度にいちいちお駄賃をあげたりはしない。お小遣いは定額制で与えている。

さて、私が仕事から帰ってみると、洗濯をしてくれていたようだ。本当にありがたい。
娘に「洗濯ありがとねー、本当に助かったよ、ありがとう」と言った。
娘は満足そうだった。

そしてなんと娘は、「この100円は要らないよ」と言った。

な、なんだってーーー!

娘いわく、「お手伝いは当然のことだから」と。
「お母さんに感謝されて喜んでもらえるとそれだけで嬉しいから、お金はいいよ」と。

わーーーーーーーーーー!!!!!
(娘をヘッドロックして頭にほっぺすりすり、頭なでなで、その他)

なんだこのできた娘は!どうやって育てたらこんな風になるんだ!私は娘をこんな風に育てた覚えはないぞ!いやマジで!
いい加減な子育てしかしてないはずなのに、たまに私がイライラしてる時に八つ当たりとかしちゃうのに、どうしてこうなった!?なんで?ねえ、なんで???
いい子すぎない?ねえ!いい子すぎひん?(動揺のあまりエセ関西弁)

100円玉は、娘のポケットにスッと入れてぽんぽんして、耳元で「取っとけよ……」と言った。数分後に見たら100円玉がポケットから床に落ちてたので、マジで私の機微に気づいてなかったんだと思われる。
なんて不器用な子♥

なんか、娘には幼少の頃から「いい子になりたい」「いい子でいたい」願望があるようなのだ。
故・尾崎豊とかそのファンは「行儀よく真面目なんでできやしなかった」などと言って「いい子」礼賛の世の中に反抗してた。
しかし、「行儀よく真面目」な「いい子」としてしか生きられない、それが性に合ってる人間だっているのよ。それが娘だし、子どもの頃の私だ。娘と私は本当に性格がよく似ている。

私の小中学生時代は、不良かっこいいブームみたいなのがあった時代だ。私も不良っぽいあり方にちょっぴり漠然と憧れていたけど、何に反抗したらいいのかわからなかった。反抗の理由がなかった。
なので、「行儀よく真面目」を、「つまんない」とか「もっと自分の気持ちに素直になれよ」とか言って否定されるのは心外だ。あんたらが衝動のままに反抗せずにいられないのと同じで、こっちは自分なりの生き方を素直に生きてたら「行儀よく真面目」になっちゃうだけなんだっつーの。

娘は私とは違う人間だ。よく似ているけど明らかに違う人間だ。いじめにも遭っていないし、相性の悪い同級生になんか言われても一応は言い返せるみたいだ。味方になってくれる友達もいる。

このまますくすく育ってほしいですね。

反抗期が来たとしても、「反抗する理由や目的があっていいなあ」とか思っちゃうかもしれない。